UofT (トロント大学) 留学体験記🇨🇦

東大からトビタテ留学japan多様性人材コース11期生として、現在トロント大学に交換留学中の3年生。日々の生活とか、たまに考えたこととか、ごちゃまぜのブログ。

時差ボケとあまりの空腹感で眠れなさすぎて色々考えたこと@ホステル in トロント 〜自分の将来像について迷っている人へ〜

留学体験記と称しておきながらあまり私の留学生活それ自体と直接は関係しない、自分の将来像とか様々考えたことがあったのでこれもせっかくだし備忘録的に書き留めておこうと思います。


一度記事にしたトロントでの住まいについてですが、このWinter semesterからなんとめちゃくちゃラッキーなことにon campusのトロント大学生専用の寮に入れることが決まりました!
この寮は主にトロント大学正規生の中でも1年生以外で受け入れられることは稀なようで、今回単なる交換留学生の私が、しかも年次の途中から受け入れてもらえたのは奇跡に近いといえます。運が良すぎた。

が、一つ問題なことに、この学生寮、1月5日の再オープンまでのwinter breakの間、文字どおり全ての生徒が寮から追い出されてしまいます。
さすがに真冬のトロントでホームレスになる勇気のなかった私はそういうわけで現在トロントでホステル暮らしをしています。

個人的に旅行大好き人間の私は一人旅をする時、決まってホステルに泊まるようにしています。
ホステルの魅力は安いこと、朝食付きのところが多くて楽なこと、そして何と言っても他にも多くの旅行者がいるので1人旅でもそんなに寂しい思いをしなくてすむし、基本的にとってもフレンドリーな人が多く、時には一緒に観光する友達も作れてしまうことです。

今回のブログでは昨晩の夜からついさっきまで、旅行帰りの時差ボケと夜ご飯抜きで寝落ちした空腹感から完全に目が冴えてしまい暇すぎて考えたこと、そしてホステルで出会った女性と話していて学んだことから総合的に今自分が思っていることをつらつら書きます。
*留学生活との関係性は薄いのでこの記事丸ごと読み飛ばしてもらって構いません。



まず、自分の将来像について。
なんとなく、今までの私って、自分の「今これしたいと思ってるからマジでやっちゃうもんね」みたいな行動規範に従って生きていたにもかかわらず、こと仕事だとか結婚だとか家族だとか、先の話となると知らず知らずのうちに、自分のwantの感覚よりもべき論に従って考えてしまっていんじゃないかな、と思ってしまいました。


例えば、今まで私は自分の仕事について、今私が大学で学んでいることと密接に関係しているもの、そして直接的にこの知識を生かせるものである「べき」だ、という固定観念の中から、自分の将来像を描いていたような気がします。
実際のところ今現在のことで言えば、私は将来の仕事のために今の学問分野(国際政治、イスラーム、中近東)を選んでいるわけではなく、単にこれらについて勉強するのがシンプルに楽しいしワクワクするし自分がもっといろんなことを知りたいから、という完全に自己満的な知的好奇心によるものであって、だからこそかなり大学と仕事の接続で頭を悩ませてきました。

要するに自分の選択肢の幅を自分でめちゃくちゃに狭めていたんではないか、と感じ始めてしまったんです。

それは自分の学問分野もそうですが、東大生という肩書きもしかり、社会貢献すべきだ、といった一般論とか、職自体への世間的な評価とかもしかり。
そういう外的な要因に左右されて、自分が価値を置くものを中心軸に置いて熟考しないままに、なんとなく、自分を外から見たらこうであるだろう、こうであるべきだろう、こうであったら望ましいと思われるであろうペルソナを勝手に頭の中で描いて、無理やり自分から勝手にそっちに寄せてようとしていたんじゃないか。

もっと個人的なことで言ってしまえば、確かに私は今学んでいることが本当に好きだけれど、この内容それ自体を直接的に生かせそうだからと言って、そして公務員になる東大生が多いからと言って、それだけを理由に外交官になりたいっていうのはどうなんだろうか、本当に外交官としての仕事それ自体に私が魅力を感じていて、外交官として働くことが私のやりたいことなのか。

そんなの、ただ単純に他人に敷かれたレールの上を、べき論で無意識のうちに正当化して踏襲しようとしてるだけじゃないのか。


今日、朝食をとりながら仲良くなったカナダ人の女性と一緒にトロント探索をしながら、人生観について、結婚・出産に始まり、仕事、宗教、政治、社会、individualismとcollectivism、そして人間そのものの性質についてまで、とにかく色々話あって、私に欠けていたのは自分が大切にしている価値を自分の好きなことで実現できる職を探す姿勢だったんじゃないかと確信しました。


私が個人的にこれだけは譲れない、と思っている価値は、どのような形であれ、「他者に感動や幸福感を与えられる人間になる」ことです。

そういう意味で、自分にもし才能さえあれば、歌手か芸人になりたかったなあ、と思います。
なぜなら私にとって一番の感動を与えてくれるものって音楽で、一番楽しませてくれるのはお笑いとかバラエティ番組で、どちらも一瞬で多くの人の感情に訴えかけられる絶大な力を持っていて、そうやって他人にいい意味で影響を与えらえる仕事って本当に素敵だと思えるからです。

よくよく思い出してみれば中学の時、甘いものに目がなかった私は、中学を中退して専門学校に進学後フランス留学、そしてパティシエの道に進むんだと言い張って親と対立したけれど、掘り下げるとおかし作りが好きだったことだけじゃなくて、これだけ自分に幸福感と感動を与えてくれるフランス菓子を作れるようになって、今度は自分が他人にそのような気持ちを与えられるような人間になりたい、という側面もあったんだろうなあ。


ホステルで知り合った彼女は言いました、
"A value always conflicts with someone's as it restricts liberties of people who do not share the same one, and sometimes it can be a cause of any conflicts. But at the same time we have to be aware of what we value, and you cannot let others judge you for that. It is really interesting, as everything is attributable to it."
そして、彼女と話していて、どうやら私はempathyに他の人よりも長けている可能性が高いこともわかりました。彼女に言わせれば、だからこそ他人にコントロールされやすい傾向があるみたいですが。



無理やり留学と関連づけてこの記事をまとめるとすれば、留学の醍醐味って、やっぱり、普段日本人以外のコミュニティと接することのできる機会が特に限られている日本人にとって、自分が当たり前だと思っていることに対して新たな視点を得られたり、普段意識されていない概念についての見識が広がって思考の幅とか柔軟性が格段に向上することじゃないかなと思います。
(例えば、私は彼女に教えてもらうまで、psychological violenceという概念が存在していることすら知りませんでした。そして、他人からcontrolされていないか、judgeされていないか、という視点に立って考えたことなんてほぼなかったなあと感じました)。

そして、降年する気満々の私にとっては社会に出るまでの時間的な猶予もできて、将来について見つめ直すいいきっかけになったなあとも思います。



てな訳で、ある意味で今まで築き上げてきた自分の人生計画を木っ端微塵に打ち砕くポテンシャルすら秘めている留学、もしかしたら安定思考な人の目にはリスキーにうつるかもしれませんが、私のような刺激大好きリスクテイカー型の人間や自分の将来像について行き詰っている人にはめちゃくちゃおすすめです。

今回もここまで読んでいただきありがとうございました:)